主に雑談。キャプ画像はございませんm(_ _)m。
by fotomuzik
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ああ、いろいろ
 先日、母方の伯父が亡くなった。2月に末期の胃ガンが見つかり、闘病生活を送っていた。闘病とは言っても、手の施しようもないくらい進行していたのだろう、積極的な抗がん剤治療は行わず、鎮痛剤(と言うと頭痛薬のように聞こえるが、モルヒネだと思う)による治療が中心だったようだ。葬儀に参列した姉によると、やせ細ってはいたが、ケモセラピーの期間が短かったせいか、お骨は立派だったそうだ。

 伯父には僕がかなり小さいころよく遊んでもらった記憶がある。披露宴にも来ていただいた。末期ガンのことは親から知らされていたので、気持ちの準備だけはしていたのだが、何かよくわからない理由で(ウチの親はそういうところが多々ある)、僕に連絡は来なかった。

 伯父は酒はほどほど、タバコは吸わない、週末はテニスという生活だったらしい。医者が進める禁煙・適度な運動という生活を送っていたにもかかわらず、61歳という若さで亡くなった。どうしてだろう。親戚や友人のリストに載っている名前に打ち消し線を引いて生きるのは少々しんどい。訃報を聞いた当日はさすがに理不尽さ・不条理さが頭の中に広がり、よく眠れなかった。

 けれども、伯父には申し訳ないが、致命的な一撃というわけでもなかった。同じくガンで亡くなり、うつ病発症のきっかけとなった先輩の死と比べると、絶望感は自分でも驚くほど軽い。叔父の葬儀には、テニス仲間や会社の同僚がたくさん参列し、にぎやかな葬儀だったそうだ。一方で先輩の葬儀は、命日が元旦だったということもあり、身内だけひっそりと行われたと聞いている。
 伯父はたくさんの人に惜しまれ、見送られ、先輩はひっそりとあちらに送られた。その“孤独感”が大きな差なのかもしれない。

 きょうのカウンセリングではそんな話をしてきた。

 先輩の死は僕の中に深い穴を掘った。あるいは深い穴があることを気付かせてくれた。10mであろうが、1,000mであろうが、穴の深さがわかっているならそれほど怖くはない。とにかく底まで降りてコツコツと石炭を採掘すればいい。怖いのは、たとえば1,000mまで降りても、それが底ではないことだ。宙吊りのまま記憶を探り、考え、“落ちる”可能性を頭に入れながら話さなければならない。きょうもグダグダに疲れた。たった50分なのに。

 おやすみなさい。
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by fotomuzik | 2009-06-18 21:02 | うつ病