主に雑談。キャプ画像はございませんm(_ _)m。
by fotomuzik
以前の記事
2009年 12月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
カテゴリ:うつ病( 20 )
再発1
 8月27日。鬱病が再発した。自分にも非があっただろうが、病院の事務方と揉めたのが直接の原因だ。その日、帰宅してボロボロ泣いた。あの懐かしく冷たい場所へ自分が戻っていくのがわかる。情けないと思いつつも涙が止まらない。減薬も順調に進んでいた。早朝覚醒も収まりつつあった。ようやく人生が好転し始めたという実感があった。悔しい。

 次の診察日、認可されたばかりのリフレックスという抗鬱薬を処方された。臨床試験でプラセボに対して初めて有意差が出た薬らしい。眠れない、気分がすぐれないと訴えれば、ドクターが試してみようと思っても当然だ。けれども僕にはまったく合わなかった。1〜2日目は確かに眠れた。しかしそれからは睡眠剤としての能力は消え、眠りに落ちる瞬間の感覚と睡眠状態のあいだで宙ぶらりんにされている感じが続く。2週目からは悪夢も加わった。同じエンディングの夢を朝まで繰り返し繰り返し見るのだ。たとえば、迷路のような場所を抜けて日が射している通りに出ようとすると、道ばたで佇んでいた男が立ち上がり、僕の脚に火をつけるのだ。脚は焼け落ち、僕はその場に崩れ落ちる。こんな夢を毎日一晩中見ていた。

 さすがに「このままでは自分の中から自分が崩れて廃人になる」と恐怖を覚え、リフレックスの処方は止めた。効いている人もいるようなので、自分に合っていたらどんな感じだったんだろう、と少しうらやましく思う。
[PR]
by fotomuzik | 2009-12-08 19:05 | うつ病
Fallen Angel / Robbie Robertson
Are you out there
Can you hear me
Can you see me in the dark

I don't believe it's all for nothing
It's not just written in the sand
Sometimes I thought you felt too much
And you crossed into the shadowland

And the river was overflowing
And the sky was fiery red
You gotta play the hand that's dealt ya
That's what the old man always said

Fallen Angel
Casts a shadow up against the sun
If my eyes could see
The spirit of the chosen one

In my dream the pipes were playing
In my dream I lost a friend
Come down Gabriel and blow your horn
'Cause some day we will meet again

Fallen Angel
Casts a shadow up against the sun
If my eyes could see
The spirit of the chosen one

All the tears
All the rage
All the blues in the night
If my eyes could see
You kneeling in the silver light

Fallin', fallin', fallin' down
Fallin', fallin' down
Fallin', fallin', fallin' down
Fallin', fallin' down

Fallen Angel
Casts a shadow up against the sun
If my eyes could see
The spirit of the chosen one

All the tears
All the rage
All the blues in the night
If my eyes could see
You kneeling in the silver light

If you're out there can you touch me
Can you see me I don't know
If you're out there can you reach me
Lay a flower in the snow


-----------------------
先輩が亡くなったと知らされて発症した後、『亡き王女のためのパヴァーヌ』とともによく聴いていた曲。亡くなった友人について歌った曲だという。奇しくも先輩が亡くなる前日(つまり大晦日)、東京は大雪だった。僕も雪の中に花を手向けたかった。何年経っても、あるいはおそらく死ぬまで、僕は先輩の死を悼むタイミングを逸したことを後悔し続けるだろう。

カウンセラーは、僕は「思考と感情が切り離されている」と言う。確かにそのとおりだ。感情をそのまま表に出すことができない。そして表に出なかった感情は裏に残り続ける。こんなふうに。
[PR]
by fotomuzik | 2009-07-02 19:43 | うつ病
ああ、いろいろ
 先日、母方の伯父が亡くなった。2月に末期の胃ガンが見つかり、闘病生活を送っていた。闘病とは言っても、手の施しようもないくらい進行していたのだろう、積極的な抗がん剤治療は行わず、鎮痛剤(と言うと頭痛薬のように聞こえるが、モルヒネだと思う)による治療が中心だったようだ。葬儀に参列した姉によると、やせ細ってはいたが、ケモセラピーの期間が短かったせいか、お骨は立派だったそうだ。

 伯父には僕がかなり小さいころよく遊んでもらった記憶がある。披露宴にも来ていただいた。末期ガンのことは親から知らされていたので、気持ちの準備だけはしていたのだが、何かよくわからない理由で(ウチの親はそういうところが多々ある)、僕に連絡は来なかった。

 伯父は酒はほどほど、タバコは吸わない、週末はテニスという生活だったらしい。医者が進める禁煙・適度な運動という生活を送っていたにもかかわらず、61歳という若さで亡くなった。どうしてだろう。親戚や友人のリストに載っている名前に打ち消し線を引いて生きるのは少々しんどい。訃報を聞いた当日はさすがに理不尽さ・不条理さが頭の中に広がり、よく眠れなかった。

 けれども、伯父には申し訳ないが、致命的な一撃というわけでもなかった。同じくガンで亡くなり、うつ病発症のきっかけとなった先輩の死と比べると、絶望感は自分でも驚くほど軽い。叔父の葬儀には、テニス仲間や会社の同僚がたくさん参列し、にぎやかな葬儀だったそうだ。一方で先輩の葬儀は、命日が元旦だったということもあり、身内だけひっそりと行われたと聞いている。
 伯父はたくさんの人に惜しまれ、見送られ、先輩はひっそりとあちらに送られた。その“孤独感”が大きな差なのかもしれない。

 きょうのカウンセリングではそんな話をしてきた。

 先輩の死は僕の中に深い穴を掘った。あるいは深い穴があることを気付かせてくれた。10mであろうが、1,000mであろうが、穴の深さがわかっているならそれほど怖くはない。とにかく底まで降りてコツコツと石炭を採掘すればいい。怖いのは、たとえば1,000mまで降りても、それが底ではないことだ。宙吊りのまま記憶を探り、考え、“落ちる”可能性を頭に入れながら話さなければならない。きょうもグダグダに疲れた。たった50分なのに。

 おやすみなさい。
[PR]
by fotomuzik | 2009-06-18 21:02 | うつ病
ドグマチール
 1か月の減薬期間を経てドグマチールの服用を中止してから一か月経った。気分に変化はない。けれど体重にも薬代にもたいした変化がない。
 自然な体重減を期待していたのだが、ドカ食いすることはもう数年ないので、ただのメタボである線が濃厚だ。ドクターにも「やっぱり適度な運動でしょうね」と、聞きたくないことを言われてしまった。
 薬代のほうはパキシルが高いみたいだ。検索したら、「パキシルを止めたら薬代が半額になった」といった文章があった。しばらくガマンするしかないか…。

 最近になって、「神経症による抑鬱状態」というドクターの診断は正しかったと思う。抑鬱症状は確かに消えたが、神経症的な面はいまも残っているのを感じる。「どうしてこうなっちゃったんでしょう?」とドクターに訊いたとき、「う〜ん、性格的な面が大きいですかね」と言われたのも正しいかも。自分と仲良くやって行く道を根気よく探るしかなさそうですな。


 そういえば産休を取っていた以前の美人担当医が復職するらしい。
 ウチも出産から3か月ちょっとで復職したが、ウチの場合は会社の組織再編の真っ最中で、のんびり休んでると戻る部がない可能性があったからだ。病院でそんなことがあるとも思えない。小さい時期はほんとうに短いので、もう少しのんびり子育てしたら…と思ってしまう。それとも精神医学の進歩は1年も休むとついて行けなくなるくらい速いのかな。12月末にお別れしたときに、もう会うことはないだろうと思っていただけに、ちょっと驚いた。
[PR]
by fotomuzik | 2009-05-30 21:58 | うつ病
パキシル
 SSRIを飲んでいると攻撃性が増す症状が出ることがあるらしい。
 僕はもう4年以上パキシルを飲んでる。ということは、攻撃的ということか? それともこれから攻撃的になるのか??
[PR]
by fotomuzik | 2009-05-10 21:59 | うつ病
Deathのカード
 忌野清志郎が亡くなった。今さらだが、いや今さらだからこそ、書かなくてはならない。
 彼の訃報には自分が思っていた以上にショックを受けた。程度の違いはもちろんあるけれど、先輩が亡くなったことを知ったときと似た感じだ。福知山線の脱線事故のときにも同じようなことを感じた。

 まだやりたいことがある人間、やるべきことがある人間が、なにかの力によって命を奪われてしまう。もちろん清志郎も先輩もどちらもガンだった。生活習慣病だと言ってしまえばそれまでだ。けれども僕には、死神が気まぐれに振った大鎌に触れてしまったように思えてならない。そしてそれはとても怖い。自分がいつ大鎌に触れるのかが怖いのではない。どこかでギアが間違った位置に入ってしまい、理不尽としか思えない暴力的な力が働き、だれかが死ぬ。その力と仕組みが怖いのかもしれないが、正直なところはよくわからない。うつ病を通じて“何か”を見てしまったからかもしれない。


 忌野清志郎、RCサクセションは僕が言うまでもなく、ロックバンドだった。僕はロックよりはテクノな人だったので熱心に聞いたわけではないが、姉が好きでよく聴いていたので、自分で思っているよりもずっといろんな曲を知っていたし、『トランジスタラジオ』は個人的にも好きだった。彼の肉体は消えてしまったけれど、彼は音楽というかたちで彼の魂を残すことができた。それは哀しみの中の救いだ。あらためてご冥福をお祈りします。




c0192984_1832436.jpg

[PR]
by fotomuzik | 2009-05-07 18:06 | うつ病
診察日
 診察とカウンセリングでお疲れモード。診察は「変わりないです」でおしまい。カウンセリングは少しまた新しい切り口が見えてきたような気がする。確実な手応えというほどではないけれども。

 病院の待合室にはテレビがある。待合室で1時間以上待つのはつらいので、だいたいは外でぶらぶらして、頃合いを見計らって戻ってくる。きょう外から戻ってきたら、綾瀬はるかが出ていた。じっくり見たかったのだが、ほかの患者が目の前を行ったり来たり行ったり来たりしてよく見えない。久しぶりに待合室でイラッとした。けど以前ほどはイライラしないところを見ると、なにか変わってきてるのかな。



「ブラシの木」というそうです。確かにそっくり。
c0192984_20413230.jpg

[PR]
by fotomuzik | 2009-04-16 21:02 | うつ病
カウンセリングの日
 きょうはカウンセリングだけの日。疲れた。しゃべってるだけなのに何で毎回こう疲れるかな〜。

 本日のトピックは両親との関係になってしまった。そんなことを話すつもりじゃなかったんだが、話し出すといつも妙な具合に脱線・展開してしまう。


 ---------
 きのう昼食をとりながらテレビのチャンネルを回していたら、『福祉ネットワーク』の自殺特集が目に留まった(“自殺”や“うつ”といったことばには今でも敏感に反応してしまう)。いじめによる自殺で中学生の娘を亡くしたご両親が、なぜ相談してもらえなかったのか、苦しみ続けていた。

 父親を自殺で亡くした子どもの話も思い出した。当時その子は中学生だった。ある晩、風呂に入っていると突然、「いっしょに入ろう」と父親が入ってきた。その年になるとさすがに照れくさい。「恥ずかしいじゃん」と言って早々に出てしまった。翌日、お父さんは自殺した。
 ---------


 どうしても自分に当てはめて考えてしまう。先輩は肉親ではないし、自殺でもなかった。
「それ(テレビ番組)を見てはらはら泣きました」
 カウンセリングでそう話しているうちに、何だかうるうるしてしまった。
 残されるほうもけっこうつらいんですよ、先輩。

 そこから家族関係に話が飛ぶ。自分が求めていた愛情を、自分が満足するレベルまでは受けられなかったんじゃないか。そういう疑問が浮かぶ。親に怒られたこともほとんどないし、愛されていなかったわけでもないだろう。ましてやネグレクトや虐待なんかもない。
 親を恨むわけではないけれども、僕が欲しがっていた愛情をうまく伝える術を親は知らなかったんじゃないだろうか。でも僕はそれを表に出せず、「いい子でいなくちゃいけない」という思い込みのもと、どこかに封じ込めた。
 ああ、幼少時代の体験/無体験の影響。結局いつもカウンセラーの思うつぼだ……。



 東を向いて夕暮れの月と桜。月が角張って見えますがRAWファイルではちゃんと丸く写ってます。
c0192984_19164345.jpg

西を向いて夕焼けと桜
c0192984_19174984.jpg

[PR]
by fotomuzik | 2009-04-09 19:31 | うつ病
怖いもの
 小学校高学年や中学生のころは、怪談とか心霊写真が怖かった。修学旅行の夜には(いまではほとんどギャグだとした思えないような)怪談で夜更かししたし、『ムー』というカルトな雑誌が心霊写真特集号になると、必ずクラスのだれかが学校に持ってきて、みんなで「こえぇぇぇっ」、「うわぁ」などと騒いで鳥肌を立てたものだ。

 でも今はたいして怖くない(いい感じはしないが)。うつ病を経験したことが大きな理由だと思う。

 怪談は語り手がうまければ、一時的な恐怖を楽しむこともできる。でもそれは話芸の部類であって、根源的な恐怖じゃない。

 「うつ病」で検索すると、「こころの風邪」という表現によく出くわす。けれども僕が体験したウツ状態というのは、そんな生易しいものじゃなかった。そのときどきの状態によって、ことばで表現できる内容は違う。ただ、一貫しているのは、自分がいる場所は常に暗く、冷えきっていて、へたに動くと危険だということだ。

 ウツ状態が重いころは、レンガ造りの家にひとりぽっちで住んでいるイメージだった。家の外には何もなく、陽も差していない。少し良くなって、ウツ状態と“ふつう”の状態が周期的に訪れるようになってからは、水辺に立っているイメージになった。状態が悪いとき、足は冷たい波に浸かっている。それが、打ち寄せた波なのか、満ち潮なのかはわからない。状態が少し改善すれば、足は濡れない。潮は引く。しかしどちらにしても、自分が面している海は、僕が子どものころ海水浴で経験したような遠浅ではなく、数歩進むと急激な深みになっているのがわかる。その深みに入ってしまうのはとても危険だ。その怖さと言ったら心霊写真なんかの比ではない。存在自体を奪い去られるような恐怖感だ。もしうつ病が“こころの風邪”なら、進んでその風邪とやらを引くほうを選びたい。
 うつ病の患者さんは増えていると聞く。潜在的患者を含めると、たぶんかなりの数になるだろう。みんなそういう精神的体験をするのだろうか…。

c0192984_19194957.jpg

c0192984_19201145.jpg

[PR]
by fotomuzik | 2009-03-28 19:27 | うつ病
父親のモデル
 今週月曜日に伯母が亡くなったこともあって、喪に服した気分。僕が覚えている伯母さんはふっくらしていて明るい看護婦さん。メガネが印象的だった。けれどもそれも幼少時の記憶だ。あれから30年以上過ぎ、伯母は痴呆症になり、86歳で亡くなった。ご冥福をお祈りします。でも息子の顔もわからなくなっても86年も生きれば十分ではないかと思う。そのへんが、何か理不尽な力によって亡くなった先輩とは違う気がする。先輩の死は理不尽なだけでなく、僕の何かを暴力的に道連れにして引き抜いていきそうで怖かった。
 とは言うものの、抑鬱状態に陥るほどではない。Perfumeの新作を楽しむ余裕もあるし、『鴨川ホルモー』を読んで笑うこともできる。つまり音楽を聴きたい気持ちもあるし、本を読むことだってできる。同じ死でも、受ける影響はこんなに違うものなのか…。

 きょうはカウンセリングの日。若干低調気味のトーンに終止した。
 最近話題になるのは父親のこと。僕の父親は家では非常に無口だ(書いたっけ?)。ほっとくとまったく話しかけてこないし、こちらから話しかけても期待する答えが返ってくることはない。逆に、行きどころのない虚脱感が残るだけだ。

c0192984_203207.jpg


続き...
[PR]
by fotomuzik | 2009-03-26 20:46 | うつ病