主に雑談。キャプ画像はございませんm(_ _)m。
by fotomuzik
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うつ病です(7)
 あいかわらず仕事は多忙でしたが、先輩の死の衝撃はもう隠しようがなくなっていました。仕事をしていてもそのことばかり考えているような状態です。苦しむことなく亡くなったのか、もっと何かできることはなかったか、元勤務先は会社として何かお見舞いをしたのか、先輩をこんな風にしてしまった責任の一端は会社にもあるんじゃないのか、等々。

 元同僚たちに連絡を取ってお香典をお送りし、ぜひご焼香をあげさせてほしいと奥さまに手紙でお願いしたのですが、奥さまからお返事はいただけませんでした。自分の目で先輩の死を確実な事実として受け入れる機会を逃してしまったことは、後を引くことになります。

 それから約一か月経ったある日、仕事の請け負い先、つまり元勤務先の社長から信じられないような依頼がありました。「大きなプロジェクトがあるので、“社員として”参加してくれないか。名刺も用意するから」確かにマネージャーは新人だったので、僕が客先に行ったほうが理解が早いであろうことはわかります。でももちろん気は進みません。それならなんで社員にしておいてくれないんだという想いもありましたし、先輩が亡くなったことに対する怒りを会社に向けていたこともあります。しかし立場の弱いフリーランスとしては、引き受けざるを得ませんでした。
 確かに大きなプロジェクトでした。内容はよくわかりましたし、会議も無事に終わりました。けれどもふだんあまり人と接せずに仕事をしているので、スーツを着て上の人と話をするのはとても疲れました。

 いま考えるとその疲れもあったんでしょうし、先輩が亡くなってから精神状態が不安定だったこともあると思います。会議の帰途、僕は音楽を聞く気にもなれず、ただドア近くの席に立って外を眺めていました(野坂昭如氏が「男が電車で席に座るな」と言っていたことに妙に納得し、僕はよほどガラガラでない限り、電車では座りません。彼の作品が好きかどうかは別ですが…)。
 とある駅で電車が止まったときのことでした。どこの駅かは正確に思い出せないのですが、電車が停車すると、何も音がしないような郊外の駅だったと思います。急な坂道の上に、ほとんど沈みかかった太陽が少しだけ輝いています。それ以外の空は紫のようなオレンジのような色でした。その坂道の脇に小さな会社がありました。二階のオフィスらしき場所には煌々と蛍光灯が輝いていました。そして一階の駐車場のような場所には会議用の長テーブルとパイプ椅子が雑然と置かれ、テーブルの上には紙コップや書類が散らばっていました。ほんの少し前まで会議が行われていたような様子です。でも違和感がありました。だれもいないのです。オフィスにも、その会議の場にも、さらには坂道にも。
 僕はその光景に瞬間的に例えようのない恐怖感を覚えました。後にも先にもああいう感じの恐怖を味わったのはそのときだけです。自分がだれもいない世界に来てしまったのではないか、間違った時間に紛れ込んでしまったのではないか。反射的に車内を振り返ると、そこにはいつもの帰宅列車特有の疲れた客と空気がありました。僕はそのとき初めて、「ああ、僕はもうダメかもしれない」と思ったのです。

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by fotomuzik | 2009-03-02 19:36 | うつ病
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