主に雑談。キャプ画像はございませんm(_ _)m。
by fotomuzik
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うつ病です(3)
 転移性脳腫瘍、予後不良…。
 僕は最初のお見舞いのあと、しばらく食事の量も減り、タバコも吸えませんでした。脳腫瘍なんて病気は小説の中でしか起きないものだ、自分の尊敬する人が脳腫瘍になるなんてことはあり得ない、予後不良なんてこともない、先輩は絶対に治ってまたいっしょに仕事できるようになる。無理矢理そう信じていましたし、一方でネットで得た知識とそこからくる絶望もじわじわと根を張り始めていました。
 それから何回かお見舞いに行きました。先輩が生きているという事実はとても大きな安心感を与えてくれ、最初に受けたショックもある程度和らいできました。しかし手術という選択肢は先輩にはなかったようです。すでに手遅れだったのか、それとも別の理由からかはわかりません。残っていたのは放射線治療でした。
 入院から数か月後、最後にお見舞いに伺ったとき、先輩は坊主になっていました。「髪が抜けるから剃っちゃったよ」と笑って話してはいたものの、足取りはゆっくりで、病室に戻ってベッドに横になると、ゆっくりした口調で話しながら眠ってしまいました。「退院したら食べるんだ」と、枕元にはグルメ本が数冊置いてありました。先輩が眠ってしまったあと、奥さんと少し世間話をしましたが、気まずくなって、その日は早々に引き上げました。
 病院を出てからバスに揺られている途中、僕は考えていました。これはほんとうにお見舞いになっているのだろうか、先輩ご夫婦に残された時間の邪魔をしているのではないか。帰宅してからもとくに後者の疑問が大きくなり、僕がお見舞いに行ったのはこれが最後になりました。

 それから数か月後、2月後半だったと思います。突然先輩からメールが届きました。外出許可をもらって週末は家で過ごせるようになったという内容でした。悪い予感は当たらなかったんだ、やっぱり快方に向かってるんだ。もちろん喜んですぐにお祝いのメールを送りました。
 さらに1か月後には退院の報告も届きました。お見舞いのときは違い、しっかりしたいつもの先輩の文章でした。そこで安心してしまったことが後のショックを余計に大きくしてしまったのかもしれません。
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by fotomuzik | 2009-02-25 21:08 | うつ病
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